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さくら

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妊婦って…
今日は人間学のT山先生のところに行った。なにせ毎回リアペのある講義を前期の半分まるまる休んだのだから、このまま出席してハイ単位どうぞ、って訳にはいかない。
だけど事情を説明したらとても親切にしてくれて、就活で休んだ学生と同じ扱いとして、最終レポートに小レポートを追加で提出すればいい、とのこと。「正当な理由だからいいですよ」って言われてちょっとびっくりかな~。確かにすんごいつわりひどかったのだけど、妊娠って病気じゃないわけだしね。優しいな~と思った。

そのあと卒論担当のM岡先生のところに行った。Mちゃんはとても親切にしてくれて、たくさんアドバイスをくれました。逆に「ここまでしてもらっていいの!?」って思うくらい。本当にみんなよくしてくれる。妊婦って得かも?

押田茂実先生の「死人に口あり」買いました。今年は法医学の講義とってないけど。去年買おうと思ったときには出てなかったので嬉しい~(笑)

旦那ちゃんは某OBさんと話してまーたぐるぐると悩み始めてしまったみたいでした。今更おろせって言われたらどうしよう、とかちょっとだけ思ったけどまぁそれはよっぽどじゃないかぎりないだろう…と、信じています(^_^;)

学生で妊娠したことは決してほめられたことではありません。そのことについていろいろ言われるのは仕方ない。自分たちが犯した失敗なのだから。
だけど、私たちは軽い気持ちで「産む」ということを決断したわけではない。真剣に悩み、考え、傷つき、やっと出した決断なのです。苦しい思いも、残酷な傷つきかたもたくさんしました。それを乗り越えて今私たちはようやく一歩踏み出すことができたのです。私は自分の決断に誇りをもって生きていきたい。そういうプロセスがあったことは、直接話をしないかぎり他人には理解できないことであって、何も知らない人に私の決断に対してとやかく言われる筋合いはない。軽々しく噂したりする人の人間性を疑いますよ。
上でも言ったけど、私がまだ学生の身であることについて言われるのなら普通の倫理観として当たり前だと思います。だけど、「産む」という決断を下したことについて、事情を知らない人に口出しされたくないです。私たちのことを真剣に考えてくれる人じゃない人、ただ噂をしたいからしているような人に言われたくないです。うちのサークルにそういう傾向があることは本当にイヤな一面なんだけど、まぁ裏で噂が広まっているのはもう止めようがないし私の耳に入らないかぎり訂正のしようもないのだけれど、もし私が言われたら言い返してやります。

だってさ、そうじゃない?

  あなたは私の何を知っているの?
  自分だったらどうするか、本当に真剣に考えたの?

  いのちがかかっているんです。簡単に決めたわけない。


こういう気の強い(っていうのかな)ところは本当に私と旦那ちゃんの正反対なところです。こういうことについて旦那ちゃんと議論してると疲れます。うぬー。
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【2005/05/25 23:14】 12週 | トラックバック(0) | コメント(0) |
その後
 昼間、会社を休んだらしい父から電話がきて、卒業はしてほしいから、とりあえず学費と家賃は今まで通りうちから払うということになった、と連絡がありました。よかった。やっぱり、結局親は自分の子がかわいいのだと思いました。住民票も、転出届を出してくれることになりました。
【2005/05/23 01:41】 12週 | トラックバック(0) | コメント(0) |
橋田須賀子にも劣らない
 22歳にして人生の修羅場という言葉の意味を知ったと思いました。


 
 祖母の足が悪いこともあって、うちから近い公園で話し合いをしたのですが…とても思い出したくないというか、二度と口にもしたくないような内容でした。「渡る世間は鬼ばかり」も真っ青です。

 中でも祖母がいちばんきつかった…祖母が来てしまったのが痛かったですね。「この子(=私)を説得しないあんたらが悪い」とか、相手の親に向かっても言い出すし…。いつもはおとなしい旦那ちゃんもさすがに口調が激しくなるし。私は結局泣いてばかりになってしまって…言いたいことは言ったけど。

 結局、両家の子供に対する教育というか考え方が違いすぎたんだと思います。うちは「親の金で食べているうちは一人前ではない」「誰が大学まで行かせてやってると思ってるんだ」という感じで、向こうは「成人したからには本人たちに決定権がある」「子供の人格は親のものではない」という考え方。激しい意見のぶつかり合いでした。特に女親同士は険悪でした。男同士は比較的なごやかに話し合うことができていましたが。

 旦那ちゃんのご両親が帰ったあと、うちの両親+祖母と、私たち二人で私の家に行きました。祖母はカンカンに怒っていて、「こんな孫はうちには生まれなかったんだ」と言って帰ろうとしていました。母はなんとか私を説得しようと必死でしたが、私は産むことで不幸になるという考え方には絶対同意できなかったので、結局祖母一人で帰らせるわけにはいかないので父と母もその日のうちに帰ることになりました。家を出るとき、母はあまりに悔しかったのでしょう、20発も30発も、思い切り私の頬や頭を殴って出て行きました。私も「それで気が済むならいくらでも殴りなさいよ!」みたいなことを言ってしまいました。



 バタン!と、壊れるかと思うほど大きな音をたててドアが閉まった後。

 旦那ちゃんのスーツの胸にしがみついて、私は嗚咽を漏らしながら彼の服を濡らしました。人前では滅多に泣かない私でしたが、そのときばかりは声をあげて泣きました。


 その親に育てられたのだから、言っていることも理解る。だけど、私はどうしてもこればかりは譲ることができない。
 愛しているのに、わかりあえないことが悲しかった。


 しばらく泣いていたけれど、それだけでは現実はどうしようもないので、現実的に、つまりはこれからの学費とか家賃とかをどうしよう、ということを考え始めました。あんな縁切り同様のような決裂の仕方をしたのだから、一切の援助がなくなっても仕方ないと思ったのです。

 お義父さんはうちが学費を出そうかとも言ってくれましたが、さすがに何十万単位のお金を世話になるのはこっちの気が引けるし、私は卒業はできなくてもいいと思っていました。そこまでして勉強するほど大学の勉強が好きなわけではないし、いままで学んできたことは決して私の中で無駄になるわけではないと思っていたから。


 たいへんな一日だったけど、旦那ちゃんは明日仕事があるので帰らねばなりません。私はあの家にどうしても今日は一人でいたくないと思ったので、友達の家に泊めてくれといって夜の9時ごろに押しかけて泊めてもらいました。こういうときに泊めてくれる友達がいるっていいなと思いました。


 お腹の子へ。今日パパはとても頑張って戦ってくれたよ。
【2005/05/22 01:04】 12週 | トラックバック(0) | コメント(0) |
入院3
 入院中は本当にいろんな人にお世話になりました。見舞いに来てくれたサークルの友人たち、本当にありがとう!

 となりのベッドの人のお母さんが100円ショップでいろいろ買ってきてくれたり。向かいの人がパンツくれたり。本当に申し訳ないくらいありがたい。

 昼は父まで上京してきて驚きました。でも父は母と違って、最終的には認めてもいいけど、まだまだ話し合いが足りないと言われました。表立ってではないけど、一応味方になってくれたようでした。そして、父の若い頃の話をいろいろしてくれました。

 夕方、ちょうどご飯の時間に見舞い客らしき人が現れたので、誰の見舞いかな~と思ってたら、なんとお義父さん(滝汗)でした!しかも、持ってきた花束がピンクの薔薇!←同室の人たちに「かわいいじゃない」って言われました(笑)

 前日に初めてメールがきてたのですが、まさか翌日に会うとは思わず…。ひたすらびっくり。でも、悪いと思いつつも、ご飯は時間通りに食べないと下げられてしまうので、ご飯を食べながら話しました。優しい雰囲気はやっぱり親子似てるのかな~と思いましたが、お義父さんの喋りは立て板に水というか、途切れない!ほとんど仕事の話だったけど…。息子はお母さんに似て人見知りタイプなのに、お父さんの気さくさにはびっくり。でも、「二人とも成人しているんだから、自分たちの意志で決めなさい」と言ってくれました。
 お義父さんが帰ったあと、同室の人たちから「いまの、親戚の人?」と聞かれるほどでした。「初対面です」って言ったらみんな驚いてました。そりゃそうだ…。


 しかし、親子でメールの文章ってあんなに似るんですね!お義父さんからきたメールの文体が、息子に超そっくりでした…!思わず、国語学的に興味深いなんて思ってしまいました。

 夜になって、仕事から飛んで帰ってきた旦那ちゃんに会いました。顔が見られてよかった。


 私がセッティングして、明日は退院して両家の親ともども話し合いをすることにしました。父には、心の中では味方だけど、話し合いでは自分たちでがんばりなさいと言われました。言うのもなんですが、父の給料は低く、うちは何かと母方の祖母の援助に頼らないととてもやっていけなかったのです。私の学費もかなり祖母が出してくれていたりしたのです。お金のことを出されたら、父は祖母に逆らうことはできないのだと、私にも分かっていました。お金っていやらしいと心底思いました。


 今日は旦那ちゃんの誕生日でした。とてもそれどころではなかったけど。
【2005/05/21 00:30】 12週 | トラックバック(0) | コメント(0) |
入院2
 尿の量をはかるためトイレに行くたびにコップに取ってに袋に入れないといけなかったり、風呂に入れなかったり(温タオルが配られるけど)おかゆキライだけど病み上がりなので仕方なかったり、点滴されてる腕が痛かったり、大変だけど、同室の人はみんないい人でよかった。みんな切迫早産だったようです。そして私は10代だと思われていた…。

 しかし携帯置いてきたのはイタかった。旦那の番号すら覚えてない。親のケータイもわからない。
 よたつきながら、唯一サイフの中にあったバイト先のレシートを見て公衆電話から電話したのですが、誰もいけそうになくて(結局、あとでオーナーが様子を見にきてくれましたが無駄足させてしまって申し訳ない)。実家の番号はわかっていたけど、平日なのでもちろん父は仕事。


 しかもうちの母が祖母と一緒に上京してきてしまい、なのに連絡がとれないものだからあやうく大騒ぎに…。結局大家さんに鍵を開けてもらって、携帯を持ってないせいだとわかったらしいのですが、さらに所在がわからず…。結局、ぐちゃぐちゃの部屋の中に転がっていた病院の冊子を見て、入院していることが判明したのでした。

 病院に来た母に、ベッドに携帯と充電器を投げつけられました。私は体調がいいとは言えなかったけど、とてもここで話はできないと思ったので休憩スペースに場所を変えて話すことに。

 祖母は今にも私をひきずって処置室に入っていかんばかりの勢いでした…。あとはひたすら世間体かな。
「あんたひとりがいいかげん意地張って…」みたいなことをいわれたけど。

 私も20歳過ぎているので、本人の意思なしには無理矢理中絶などできないとわかっているので、何を言われようと絶対下ろすなんて言うもんかと思っていました。お腹の命を守ってやれるのは私だけなんだ。

 どうして、産むという選択をすることが不幸になることだって決め付けられるんだろう。私は絶対にそうは思わない。ここでおろしてしまったら必ず後悔する。失った命は戻らない。だけど、産むならば、幸せになる努力をすることはできる。

 さんざん言われましたが、私があまりに頑ななのであきらめてその日は帰ってくれました。



 実験の途中なのに心配して病院まで来てくれたMさん!ありがとう。迷惑かけてごめんよぉ。
【2005/05/20 22:50】 12週 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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